煮魚とワインを合わせるのは非常に難しいです。というのも、煮魚とワインと合わせると、多くの場合魚の生臭みが強調されてしまうからです。
まず、魚を「煮る」という調理法自体が、他の調理法と比べ、魚の生臭みを生みやすいという問題があります。魚には、多かれ少なかれ「トリメチルアミン」という、生臭みの原因となる物質が含まれており、このトリメチルアミンは「焼く」「揚げる」という調理法では、大部分が揮発するのですが、「煮る」調理法では、煮汁に溶け出してしまうのです。
そこにワインを合わせると、ある要因によって、その魚の生臭みがさらに強調されてしまいます。その要因については後述しますが、とにかく煮魚の生臭みにどう対処するか?ということが大きな課題です。
正直言って、煮魚にワインを合わせることはあまりおすすめしません。個人的には、飲み物を選べる状況であれば、間違いなく日本酒を選びます。それでも、どうしてもワインを飲みたい、またはワインを飲まざるをえない場合、「合わなくはない」ワインはありますので、今回はそういった意味での煮魚に合うワインをご紹介します。
尚、今回の「煮魚」は、醤油と砂糖(みりん)を使った和風の味付けを想定しています。よりワインに寄り添うようにするためには、できればトマト、赤ワイン、ガーリック、ハーブ等を使った洋風の味付けにすることをおすすめします。もし和風の味付けの場合は、生姜と梅干しを加えて臭み消しをしてください。また、洋風・和風問わず、魚は煮る前に、ざるに置いて熱湯を掛けて臭味を落とす「霜降り」を行いましょう。
マスカットベーリーA
魚の生臭みの原因の一つがトリメチルアミンであることはすでに述べましたが、もう一つの原因として「魚の脂」の問題があります。魚の脂は時間が経つと酸化され、「過酸化脂質」に変化し、これもまた臭味の原因となるのです。また、魚には鉄などの金属イオンが含まれていますが、金属イオンは脂質と反応すると、酸化が促進される性質があります。
実は、ワインにもまた多かれ少なかれ鉄分が含まれています。そして、2010年のメルシャンによる研究によれば、その鉄分こそが、ワインと魚介類を合わせたときに生臭さを感じる大きな要因であることが判明しました。つまり、煮魚と合うワインの条件の一つは、鉄分含有量が少ないということなのです。
しかし、残念ながらワインの鉄分含有量は公表されていません。ワインに鉄分が含まれる要因はいくつかありますが、結局のところ、その含有量については買って測ってみないと分からず、もちろんそんなことができる一般人はまずいません。そんな中、そのメルシャンの研究では、日本ワイン(甲州とマスカットベーリーA)は、ヨーロッパのワインと比べ、概して鉄分の含有量が少ないことが報告されています。魚食文化のある日本のワインが魚と合いやすいというのはなんと興味深いことではないでしょうか。
さて、そこで合わせる日本ワインですが、繊細な風味の焼き魚や魚介の天ぷらに合わせるなら「甲州」がよいですが、味にインパクトのある醤油ベースの煮魚に合わせるなら、赤の「マスカットベーリーA」がおすすめです。蒸かしたサツマイモや砂糖菓子のような甘い香りがあり、煮魚の甘辛い風味との共通項もあります。
長期熟成した赤
では鉄分の多いヨーロッパのワインは絶対に煮魚に合わないかというと、そうでもありません。もう一つのアプローチが、長期熟成したワインを選ぶということです。
長期熟成とは、言い換えれば、ワインが酸化するということ。ワインに含まれている鉄分「鉄(Ⅱ)イオン(Fe2+)」は、酸化すると「鉄(Ⅲ)イオン(Fe3+)」に変化します。魚の過酸化脂質が反応するのは、酸化される前の鉄(Ⅱ)イオン(Fe2+)の方なので、すでに酸化されている長期熟成ワインは、生臭い成分は発生しにくいのです。
というわけで、煮魚に合わせるなら、長期熟成した赤ワインもおすすめです。ただし、ものによっては古いビンテージでも意外と若々しい味わいのものがあるので、ワイン選びには意外と注意が必要。いくつかおすすめはありますが、面白いのはカベルネフランです。特にフランス・ロワール地方のカベルネフランは比較的早く熟成感が出やすく、熟成すると土やキノコのような枯れた香りが出てきます。煮魚にごぼうなどの根菜やキノコを加えると、さらにワインに寄り添うでしょう。ちなみに、フランスのロワール地方の郷土料理に、「マトロット・ダンギーユ(うなぎのぶつ切りの赤ワイン煮込み)」というものがあります。もちろん立派なフレンチなのですがこれがなかなか生臭く、この料理にもカベルネフランを合わせるのが定番とされています。
カベルネフランの他のおすすめとしては、ピノノワールや軽めのメルローも比較的早く熟成感が出ます。また、スペイン・リオハの赤は長期熟成してから出荷されるので、市場に出ているものは既にたいていいい感じの熟成感が出ています。
サン・ニコラ・ド・ブルグイユ・ヴィエイユ・ヴィーニュ/ジョエル・タリュオー
(古酒の蔵出しが多い造り手。ピノ的な味わいで複雑な香りが秀逸。常温がおすすめ)
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シェリー(マンサニーリャ)
前項では長期熟成(=酸化熟成)した赤をおすすめしましたが、もちろん白にも長期熟成したものはあります。それでも煮魚に白よりも赤をおすすめするのは、一般的に繊細な味わいの白は、醤油ベースのインパクトのある味わいに負けてしまうということが大きいです。
そこで、ちょっと変化球になりますが、醸造の工程であえて酸化熟成させるタイプの白ワインなら、煮魚に負けない味わいのインパクトと力強さがあり、おすすめできます。このタイプの白ワインには、フランス・ジュラ地方の「ヴァン・ジョーヌ」や、イタリア・サルデーニャ島の「ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ」などがあります。特にヴェルナッチャ・ディ・オリスターノについては、ワインと合わせるのが難しい魚卵の一つであるカラスミと合わせる定番のワインです。
ただし、これらのワインはなかなか入手困難で、入手出来ても少々お高いという問題があります。そこでおすすめしたいのが、スペインのシェリーで、シェリーの中でも「マンサニーリャ」と呼ばれるタイプが特におすすめすです。なんと言っても非常にリーズナブルで、且つ海岸地域で造られるために海の潮の風味があり、魚介全般と相性がよいことで知られています。一般的な白ワインに比べると独特のクセはありますが、シェリーの中ではクセは穏やかなタイプなので初心者にも受け入れられやすく、それでいてそのほどよいクセが、煮魚の風味とちょうどよいバランスで並び立ちます。もしマンサニーリャがお気に召したら、「アモンティリャード」や「オロロソ」など、もっと酸化したタイプもお試しください。
シャンパン製法のロゼスパークリング
ワインの鉄分を抑えるもう一つのアプローチとして、「シュール・リー」という製法があります。酵母がアルコール発酵を終えると澱(おり)となって、発酵容器の底に沈殿するのですが、その澱を取り除かずにワインと一緒の状態でしばらく置いておくことによって、澱に由来する旨味をワインに加える製法です。実は、この酵母が澱となる過程で、酵母はワインの鉄分と結びついて沈殿するため、シュール・リーしたワインは鉄分が少ないことが分かっています。
このようなシュール・リー製法をするワインには、ロワール地方のミュスカデ、日本の甲州、シャンパーニュなどがあります。ミュスカデや甲州は繊細な白ワインであるため、煮魚には向きませんが、シャンパーニュは発泡という力強さがあるため、煮魚にも対抗可能です。特に赤ワインの要素があるロゼのシャンパーニュであれば尚可です。
もっとも、シャンパーニュは普段飲みするにはちょっとお高いので、シャンパーニュと同じ製法(=瓶内二次発酵)で造られているのロゼスパークリングでもOK。スペインのカヴァなどは非常にリーズナブルでおすすめです。
ジャン・ヴェッセル・シャンパーニュ・ロゼ・ドゥ・セニエ
(奮発するなら本場シャンパーニュを。ピノノワール100%のセニエ法で色濃く力強い。コスパも良い)
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スパークリング日本酒
いろいろと紹介してきましたが、冒頭でも述べたように、個人的に煮魚に合わせたいのはワインよりも断然日本酒です。米のご飯が煮魚と合うように、米で作った日本酒にとって、煮魚の生臭みは、苦にするどころかむしろ絶好の相性です。
そうは言っても「日本酒ではお洒落感が足りない」と考える人もいるかもしれません。そこで、もし日本酒に足りないものが「お洒落感」だけだったら、「スパークリング日本酒」はいかがでしょうか?スパークリング日本酒には、にごりタイプも多いですが、画像の「水芭蕉ピュア」は完全に透明なので、見た目にもシャンパーニュにそっくり。また実際、シャンパーニュと同じ「瓶内二次発酵」で作られているので、泡はきめ細やかで深い旨みがあり、味わいとエレガントさを兼ね備えています。もちろん辛口です。少々お値段は張りますが、ここぞと言うときには是非試してみてください。
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